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我が家の小太郎さん

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我が家の愛猫 小太郎さん 2019年5月生まれの男の子で、 茶トラ猫さん。 小夏さんに甘えてばかりの甘えん坊。未だに男らしい声を聞いたことがなくて、残念。 私が、実家で飼っていた小鉄さんは、同じ茶トラだった。彼は、ヘビと戦い、年老いてはいたもものキジを仕留め、引きずって持ち帰って来た。武闘派だったなぁ・・ 小太郎さんの尻尾は、?マークの様です。おかげで幸せを呼んでくれています。 小太郎さんは、県内の保護団体から譲り受けました。神社に、兄弟と一緒に捨てられていたのだそうです。 保護主さんがおっしゃるには、兄弟と一緒の頃の小太郎さんは、兄弟を守る感じの強い猫さんだったそうな・・!? 同じ猫?我が家に来て、甘やかされたせい?

我が家の小夏さん

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 我が家の愛猫 小夏さん  2017年6月生まれ キジトラ柄の 女の子さん 毛並みがツヤツヤで羨ましい!与えられた爪とぎ以外では爪を研がない!礼儀正しく母性本能たっぷりな女の子です。尻尾が、幸せを呼ぶ?カギ尻尾。 小夏さんは、地元の警察署の前に、兄弟とともに置き去りにされた保護猫で、保健所で講習を受けて、譲り受けてきました。 保健所のHPの写真に心を射抜かれてしまいました。(上の写真です) 健康診断と予防接種に行くと、獣医さんに『これ以上、太らせないようにね〜』と言われる、ちょっとぽっちゃりボディー。触り心地抜群です♪

点訳ボランティア 19冊目①

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『てんやく絵本』の会 『ふれあい文庫』さんの 手順②の返信を待つ間に 点字図書館から パソコン点訳用の書籍 19冊目が届いた。 『ペットと一度だけ  お話できるなら、  あなたは  何を伝えますか?』 帯を見ただけで なんだか・・ 切なくなりそうな そんな予感がする。 小夏と小太郎は、 私が飼い主で幸せかな? 私は・・君達のおかげで とても幸せなんだけどね。

『てんやく絵本の会』ボランティア登録までの流れ① 

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『てんやく絵本』の会 『ふれあい文庫』さんの 点訳ボランティア参加のための流れ    ❖ はじめに ❖ ふれあい文庫さんのHPで、 詳細を確認しておく  ①ボランティア希望の電話連絡 ②新聞記事などを使い、 点訳用紙2枚に点訳し送付 (OKが出れば③へ) ③『てんやく絵本』の見本を 見ながら1冊作成・送付→ 添削され返却の後→2冊・3冊と 違う様式の絵本を、同じように 作成・送付・添削・返却 『てんやく絵本』の作り方が 身についていないようなら 4冊目も作成・送付・添削・ 返却の手順で進めるのだとか。 『てんやく絵本』の作り方を 習得(早ければ3冊作成後)       ↓ 『ふれあい文庫』さんへの 点訳ボランティア登録完了 ···························································· 私自身、『ふれあい文庫』 さんについてネットで、 調べたけれど情報が 乏しかったので・・ 覚え書きとして残そうと思います。 いつも、パソコンを使っての 点訳なので、点字盤を使っての 点訳は、約30年ぶりで、凄く肩凝る。 点字盤も木製から本体が、 プラスチック製になり、 おまけにケースに入ってる。 手順②を準備し発送。

『てんやく絵本』との出会い

私が、点訳ボランティアの養成講座を受講するずっと前のことです。 昔から、絵本をみるのも、集めるのも好きだった私。『てんやく絵本の会 ふれあい文庫』という会が、大阪にあることを知りました。 代表ご自身が、視覚に障がいがあり、見えるお子さんに、絵本を読んであげたい。という思いから作られた会、そして『てんやく絵本』です。 会のボランティアをさせて頂くためには、『点字の知識を習得していること』が必須でした。いつか、必ず私も会のボランティアをさせて頂きたいと思いながら、点訳ボランティアとして活動を続けてきました。 50代も半ばになり、あと何年ボランティア活動が出来るか?と考えた時、会に連絡することにしました。 ちなみに、ここに記事を書かせて 頂こうと思ったきっかけですが、 『てんやく絵本の会 ふれあい文庫』さんのHPはあるものの,ネットでの情報が乏しかったため、始めるにあたり、興味のある方が、たった一人でも見て、 『あ〜こんな感じで、進めていくのね』と参考?にして頂けたら良いななどと思い、日記の様に残すことにしました。

点訳ボランティアを始めたきっかけ

点訳ボランティアの存在を知ったのは、30年ほど前の24歳の頃。 町報に『県立点字図書館 点訳ボランティア募集』の記事を目にした時でした。 私自身、日常生活に支障は無いものの、足に障害を、抱えています。 そんな私が、10代の頃から 探し求めていたのは、『自分を必要としてくれる場所』を探すことでした。でも、それが何なのか?漠然と探している頃のことです。 町報を見た次の日、職場のお昼休みに、電話しました。迷わなかった。時間は、作ればいいと思っていました。 しかし、そんな甘いものではなく、 利用者の方に,読みやすく・正確な 点訳を届ける責任と難しさを痛感しながら、一年半ほど続けましたが、仕事との両立にも悩み、一度辞めさせて頂くことにしました。 ただ、私の中で難しいながらもその意義と、自分が探していたものが、これだという思いはあり、必ず戻ると決めて。。 30歳の頃、ご縁があり、結婚し、 子供が生まれました。その子が、 年中さんの頃に、試験を受けて、 点字図書館の『点訳ボランティア養成講座』に参加しました。 カリキュラムは、13回の講習会 (約3時間ほど)→ 課題図書を点訳し認められれば、晴れて、点訳ボランティアとしての活動という流れで、登録し、活動をはじめました。 途中、1年半ほどお休みを頂いた期間もありましたが、只今、点訳している書籍が19冊目、活動期間も18年を超えました。 忘れもしませんが、 講習修了の課題で作成したのは、 『オツベルと象』宮沢賢治 著 ( ↑ は、既に先輩が点訳済み) 正式に自分が点訳した一冊目は、  岩波ジュニア新書『生きること 学ぶこと』早乙女 勝元 著 でした。 間違いも多かったことも、忘れられないのですが。。 結局、 『自分を必要としてくれる場所』を探していたけれど・・ 『私自身が必要だから探した場所』なのだと思いながら、未だに完璧では無いものの、日々活動させて頂いています。